セミが鳴かずに
それでも気温だけは夏のまんま。
そして、どことなく秋の匂い
こんな日が続くから、
十歳頃の他愛のない記憶が蘇った。
「あんまり前に出んなあ。線路に落ちちまう。」
母親の響く声。見下ろすと
赤茶色の砂利やかなり古い枕木に
レールだけがさりげなく光っている。
(あっちのホームだったら、街行き・・いいなあ)
同じ年ぐらいの子が向こう側に行こうとしている。
(あの子、これから街で何するんだろう)
空を見上げるとトンボが優雅に飛んでいた。
雲は細長くて薄い青空に溶け込みそう。
「もうすぐ電車来っから、こっち来な。」
時計をみたら、ちょうど三時、あと五分だ。
母の隣に戻るとコオロギが遠慮なく鳴いている。